ロハスの説明としてよく「エコとエゴの両立」って言われています。
でもエコとエゴって正反対の意味だしどうやって両立するのかな、なんて思いますが、実はこの2つ全く同じことなんです。
なぜ、エゴはエコなのか?
エゴというもののなかには
「もっとキレイになりたい!」
「もっとかっこよくなりたい!」というものから
「楽しく長生きしたい!」とか
「よりよく生きたい」というものがあります。
そのためには表面的な健康ではなく
真からの健康を手に入れなくてはなりません。
しかしぼくたちのような、人工都市に住み、
有害物質満載の空気を吸い、工場で作られたような
食べ物とはいえないものを日々食べ続けていては、
真の健康など得られるはずもありません。
真の健康を得るためには、
「本当に体によくておいしいものを食べたい!」
「新鮮でおいしい空気を吸っていたい!」
という「超エゴ」が必然的に沸いてきます。
その超エゴを実現させるためには、
否が応でもエコにならざるを得ません。
エコのためのエコではなく、
エゴのためのエコ。
これはまさにTLNが提案する「ロハス」のコンセプトです。
ロハスは究極のジコチュウとも言えるのです。
坂本龍一氏は言います。
「地球のためじゃない。私のために。
みんなお願いしますよ。ほんとに。」
エゴがエコになるってのはわかった。
じゃあなんでエコがエゴなの?
エコだの環境問題だの叫ばれる昨今、
そういうことに真面目に取り組む人たちは
なんか「イイコトをしている良い子ちゃん」
みたいに見られてしまう雰囲気がありますが、
ボランティア活動と同じで、基本は自己満足です。
「地球のために!」というのは大義名分に過ぎません。
で、ここからが本題ですが、
エコというのは本当に「地球のため」なのでしょうか?
冷静に考えてみてください。
環境が悪化して困るのは誰でしょう?
たとえ環境が悪化して人類が住めなくなっても、
たとえ核戦争がおき人類が滅びても、
地球はあいもかわらず周りつづけることでしょう。
そして気の遠くなるような歳月をかけて自己治癒していくことでしょう。
しかし、地球にとってはたいした歳月ではないかもしれまん。
なんせ、地球の歴史を1年にたとえると、人類の歴史は12月31日の23時59分ぐらいだというのですから。
地球には氷河期もあれば、火山も噴火する。いつか隕石が衝突するかもしれません。
それを私たちの勝手な都合で今の環境のとどめておこうというのは、
生活のためにダムをつくるのとおなじこと、まさに人間のエゴなのです。
そう、環境が悪化して困るのは、地球ではなくわたしたちなんです。
つまり「エコとは、人類が住める環境を無理やり持続させていくこと」なのであって、
それってつまり、人類のエゴ、つまりわたしたちのエゴではないですか?
つーことで、、、エコはエゴ、エゴはエコ。
ゆる~くたのし~くきもちよ~くいきましょう!
ロハスはよく「心と体と地球に優しいライフスタイル」といわれます。
それはいいのですが、まるで心と体と地球がそれぞれ分離しているかのような説明が多いですね。
例えば、
心→ストレスをためない生活
体→ヨガとかピラティスとか
地球→エコ商品を買う
等々、まるで脈絡がないんです
これでは、それらをロハスという1つのコンセプトにまとめる意味がない。
TLNが考えるロハスでは、それらは全部1つにつながるんです。
それでは、それらがどうつながっているのでしょうか?
まず、「体に良い生活というのは必然的に環境に優しくなる」という事実。
シャンプーや石鹸、洗剤などは分かりやすい例だと思います。
肌荒れするようなしろものが、環境に優しいわけないですよね。
肌や髪の毛のことを考え抜いたうえに選んだものというのは、ほとんどの場合100%ナチュラルだったり余計な添加物など入っていなかったりします。
つまり、環境の事なんか考えていなくたって、ちゃんとしたものを選ぶだけで勝手に環境に優しくなってしまうんです。
次に「本当においしい食べ物は環境にも優しい」ということ。
本当においしい野菜とは、自然のパワーをたくさん受けて育ったもの。有機野菜や無農薬野菜、地産地消の野菜などです。
まずい食べ物とは、グローバル企業の作る果実などですね。
農薬や化学肥料を大量に使用し土地を駄目にし、さらに途上国の人たちから搾取までしています。
しかも、オーガニックのものや国産のものと比べてみると、実際にまずいんですよ。
つまり、安くてまずいものを選ぶより、本当においしい食べ物を取捨選択していけば、ちゃんと環境のためになるってことですよね。
もちろん、そういう食生活を続ければ健康にいいのは言うまでもないことです。
体に優しい食べ物は、環境にも優しいのです。
次に、「体と地球の間を食が循環している」ということ。
体内環境と地球関係が連動しているというのは、以上の説明でわかっていただけたと思いますが、
それらをつなぐキーワードはやはり「食」です。
例えば。
テーブルの上にバナナがあります。あなたはバナナを食べます。
そしてその数分後には、その「バナナ」は「あなた」に変わっているのです。
そして、体内で要らなくなったものは大地に戻っていきます。
食は、地球から生まれ、体内に同化し、また地球に戻っていくんですね。
でも、ただ体内を通過しているわけではありませんよ。
新陳代謝って聞いたことありますよね。たかが新陳代謝、されど新陳代謝。
驚くなかれ、半年から1年で全身の細胞が全て入れ替わっているのです。
つまり、1年前のあなたと、今のあなたとは全くの別人なんです。笑
では物理的になにが原料となっているかというとやっぱり「食」なんですね。
そう、食べたものは確実にあなたの一部になっていくのです。
それでもファーストフードにカップラーメン、食べますか?笑
さて、次は「体の問題は心の問題である」ということ。
心の状態が表情や姿勢に表れるように、「体は心を表す」のです。
ストレスによって免疫力が大きく左右されるという研究結果もあります。
ほとんどの病気は、ストレスが原因だといっても過言ではないと思います。
体調不良のわりに、検査をしても体はどこも悪くないという例もよくあります。
これは自律神経失調症といい、結局は心の問題なのですね。
経験上、心と体はゆで卵の黄身と白身のような関係だと思っています。
いくら体(白身)の健康ばかり気をつかっていても、見えない内側にある心(黄身)が悪かったら元も子もありません。
知らず知らずのうちに、内側からじわじわと蝕まれているようなものです。
心(黄身)は奥深いところにありますから、直接メスをいれるわけにはいきません。
世の中にはさまざまな心の癒しなるものが存在しますが、
心(黄身)の外側にある体(白身)が緊張していたら、
どんなに良い癒しでも芯まで届くことはないでしょう。
だからまず、外側である体(白身)からほぐしていかなければならないのです。
そこで、逆説的ですが、「心の問題は体からほぐす」ことが重要になってきます。
内面を変えたかったら、外側から変えていく。これは心理学的にも言われていることです。
カチカチに凝り固まった体(白身)をほぐしてやることで、内側の心(黄身)も自由に身動きがとれるようになります。
そうしてはじめて、さまざまな心の癒しが芯まで届くようになるのです。
ではどうやって体をほぐしたらいいかというと、「体の問題は食の改善から」入るのがベストだと思います。
食さえ変えればいいってわけではありませんが、食生活から見直すことで自然と生活習慣も変わってくるのです。
いくらヨガやピラティス、ウォーキングやジョギングに励んでも、食生活が貧しかったらあまり効果があがらないでしょう。
食と体と心。この3つのバランスをとりながらトータルで健康を考えるのがロハス的健康法だと思います。
以上が、TLN流「心・体・食はつながっている」というコンセプトでした。
そして、大事なのは「心・体・食がよくなった結果として環境もよくなる」ということです。
つまり「環境問題は自分問題」であるし、「地球環境より自分環境」を優先すべきなのです。
ロハスを説明するときに、よくエゴとエコという単語が出てきます。
いわく、「エゴなエコ」「エゴからエコへ」「エゴとエコの両立」などなど。
はてはて。さっぱり意味がわかりませんね。笑
エゴなエコ → ペットボトルは買うけどリサイクルしてるからいいんだ!的な発想でしょうか。
エゴからエコへ → 人間何が一番かわいいかって結局自分ですよ。エゴからエコは難しいと思います。
エゴとエコの両立 → 坂本龍一さんが主張する、個人主義を超えた超個人主義ならエゴ=エコとなります。
おれはおいしい空気が吸いたいんだ、体にいいもんだけ食いたいんだ、だからお前らも手伝え。みたいな。笑
「“地球のため”に環境に優しい生活にしましょう!」と謳ってる輩よりは、
「“自分のため”」のほうがよっぽど健全、っていうかめちゃくちゃ共感できます。
しかし、ここで問題が発生します。
エゴ=エコなら、「自分のやりたいことさえやってればいいんだ!」となってしまうことです。
もちろんそれは大賛成ですが、ほとんどの人が坂本教授のような
いわゆる「超エゴ」を持っていないということが問題になってくるのです。
「超エゴ」を意識できる人なら、自分の好きなこと・気持ちいいことをつきつめて自然体でいさえすれば、エゴ=エコとなるのですが。
そうでない人たちが大半だというのは事実です。
食で例えると、本物のおいしさをつきつめでいけば自動的に環境に優しい食になります。
しかし、化学調味料の味も分からなくなっている現代人にとっては、
ファーストフードやファミレス、得体の知れない輸入物やインスタント食品などで満足してしまう場合が多いのです。
それはそれで幸せなことだとは思いますが、超エゴ(=エコ)とはほど遠い世界ですよね。
そこで、TLNの考えるロハスとは、エゴとエコのバランスを重視し、
あくまで「エゴを『優先した』エコ」なのです。
これもよくわかりませんね。笑
では、一体どういうことでしょうか。
この日本に暮らす私たちは、電気やガスや、石油やクルマ、お買い物することなしには、もはや生きることもできません。
そんな文明という土台に暮らしている人が、まじめにエコロジーがどうのこうのと主張したところで、元も子もない話です。
私たち文明人が、「エコロジー」「地球のため」という言葉を発するたびに、矛盾をかかえてしまうのです。
そんな矛盾を解消してくれるのがこのロハスなのです。
「我々の生活は文明という土台の上に成り立っている = 我々の存在自体がエゴのかたまりなのだ」
と気付くことからロハスが始まるのかな、と思います。
「私はそんな文明的な生活が捨てられないエゴイストな人間ですが、環境のため、しいては文明の存続のためになにかできることはないでしょうか」
と問うのがロハス的姿勢なのではないかな。
「エゴを『優先した』エコ」とはそういうことです。
LOHAS(ロハス)= Lifestyles of Health and Sustainability
直訳すれば、「健康と環境のためのライフスタイル」です。
なぜEcology ではなくSustainability となっているのでしょうか?
サステナビリティーとは持続可能性という意味で、簡単に言えば人類が滅びず持続していける循環型社会を意味します。
よく、「ロハスとは、心と体と地球に優しい生活である」といわれますが、それは勘違いです。
環境が悪化して困るのは地球でしょうか?
……いえ、困るのは私たちです。
いくら地球温暖化が進んでも、地球くんは全く困りません。
例え人類が滅びたとしても地球くんは回り続けるし、環境が悪化したといっても、
そのうち(といっても人間にとっては長い歳月かもしれません)再生する力が地球にはあると思います。
むしろ人類が滅びたほうが地球環境にはよいのです。
つまり、ロハスとは、地球のためではなく人類のため、つまりは自分自身のためなのです。
環境問題は地球の問題ではなく自分自身の問題である、という広い視野を持って生活することがロハスなのではないでしょうか。
そして、そこが単なるエコロジー・エコロジストと違うところです。
エコロジー・エコロジストには自己犠牲をはらってまでも地球のために尽くすといった意味合いが含まれます。
しかし実際は、都市はおろか田舎でさえ、完璧なエコロジー生活を目指すのは難しくなっています。
と言うのも、本気でエコロジーに取り組もうとしたら、クルマは乗れない、インターネットは使えない、買い物だってできません。もちろん全て自給自足です。
なかには、みんなそうするべきだ!と言う人がいますが、そういう人は山奥で仙人にでもなってください。笑
まあ、そこまで厳しくはないにせよ、以下のようなエコ情報をよく見かけます。
「これを使ってはいけない、あれをしてはいけない、食べるな危険。」
……どうでしょう?疲れませんか?まるで宗教のようですね。
これではとても自分に優しいとはいえません。
逆にストレスになってしまい、心を病んでしまう原因にもなります。
自分自身のための地球環境なのに、環境を守ろうとするあまり自分を追い詰めてしまっては本末転倒です。
それに、そんなバランスの欠けた生活は持続しません。
そこで、ロハスの出番です。
心と体の健康=エゴと、地球環境=エコのバランスを重視し、無理をしないから「持続可能な」ライフスタイルなのです。
継続は力なり。
「エコ」のような一時的なブームで終わるのではなく、無理せず少しづつでも継続することが重要なのです。
では、エゴとエコのバランスとはなんでしょうか?
例えば、クルマは買わないほうがいいし使わないほうがいいとわかっているけれど、
仕事上や生活上どうしても必要になる場合があります。
そういうときは、ハイブリッドカーなどのできるだけ環境を考慮したものを選んだりすることです。
例えば、オーガニックしか食べないとか、完全なベジタリアンというのはバランスが偏っています。
それよりも、食卓の雰囲気を楽しくすることを考えたり、その料理が本当においしいかどうかで判断したほうが健全です。
また、地元産・国内産の野菜、顔の見える野菜、良質な素材を優先することです。
でも、本当はエゴとエコは同じことなんです。
正反対のように思えるこの2つですが、よく考えたら同じだとわかります。
私たちのエゴには、
キレイになりたい!かっこよくなりたい!とか、
いつまでも若々しくありたい!元気に長生きしたい!
というものがあります。
そのためには、表面的な健康ではなく真の健康を手に入れなければなりません。
空気の悪いところに住み、工場で作られたものを食べていて、真の健康を得られると思いますか?
無理な話ですね。そうすると、
本当に体にいいものを食べていたい!
本当においしい空気を吸っていたい!
という究極のエゴがでてきます。
そのエゴを通すためには、嫌でもエコになってしまうのです。
本当に体に良い生活は結果的に環境にも優しいものになるし、
逆に、環境に優しいものを選べば自分自身のためにもなるってことです。
だから、体内環境=地球環境だし、究極のエゴ=エコなのです。
環境問題というと地球レベルの話でなにか他人事のような響きがありますが、
本当は環境問題=自分自身の問題なのですよ。
つまり、エコを考えること自体=エゴなんですね。
でもこういうロハス的生き方って、実は人間としてあたり前のことなのかもしれません。
あたりまえのことをあたりまえにしていかなくてはならない時代なんだと思います。